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和田慎二、逝く [スケバン刑事]

 具合が悪い、とかいう話は聞いていなかったのだが。
 享年 61…。

「麻宮サキ」というキャラクター、「スケバン刑事」というシステムを生み出してくれたことに感謝しつつ、合掌。

タグ:訃報

「スケバン刑事 風間三姉妹の逆襲」サントラ [スケバン刑事]

 今回も新田一郎のインタビューつき。
 実は新田一郎も吹いてたとか、劇伴の録音をフルパワーでやると(ものすごい曲数なので)唇が持たないとか、主題歌アレンジの話はなかった、とか。そう言えばそうだ。今まで気づかなかったよ。

 ブックレット裏には、その作品に関するシングルアルバムの名前が紹介されているが、ここに「ラスト・メモリアル」や「総劇伴集」があるのはご愛嬌。

 ビー!スマイルのスケバン サントラはこれで終了。
 なんかよく似た作品のやつが 7 月に出るらしいけど、買いません。

「スケバン刑事」サントラ [スケバン刑事]

 発売日直後に、予約した店から電話があって、手違いがあったので、数日お待ちください、と言われた。おそらく斉藤由貴版と間違って発注したのに違いない。注文したとき、店員の方から、それとは違いますよね、って確認されたから安心してたのに。
 というわけで、南野陽子映画のサントラ。

 脱出シーンからラストにかけて流れる「レクイエム」は名曲である。それを含め、この映画版がスケバン劇伴作家としての新田一郎の最高傑作であろうと思う。
 今回は曲紹介はなく、その新田一郎のインタビュー
 本当は、尺あわせ (できた映画を観ながら、使うシーンに合わせて曲を書いていくこと) をやりたいのだそうである。

 俺、『パタリロ!』の一枚目も持っている。これ、名曲ぞろいなのだが、CD にならないかなぁ…。

「スケバン刑事 III 少女忍法帖伝記」サウンドトラック [スケバン刑事]

 今回の解説も熱い。学生刑事という特異性が霞んでいる、とその問題点をきちんと指摘しつつ、現実には大好評だった、と公平な表現。
 鎖帷子は、元はセーラー服に縫いこまれているという設定だったとか、萩原流行には西脇のオファーもあったとか、情報もきちんと押さえられている。
 放送リストの最後では、「スケバン刑事 SAGA」にも触れられている。

“III”は「スケバン刑事」じゃない、というような評価もあって、それはわからないことはない。だが、伝記的要素は“II”にもあって、というか、俺は“II”の終盤から「え、そっちに行くの?」と思っていて、“III”への流れはむしろスムーズだったのではないか。“I”のハードな雰囲気から“III”のファンタジー色まではちゃんとしたグラデーションになってると思う。

 新田一郎のスケバンは、映画一作目と“III”が頂点であろう。
 映画のサントラは三月と五月に発売。


「スケバン刑事 II 少女鉄仮面伝説」サントラ [スケバン刑事]

 こないだの「東映ヒーロー MAX」にも書いてあったが、Be!Smile ではすべてのサントラを発売する予定だそうである。去年の「スケバン刑事」みたいな映画も含まれるらしいがそれはどうでもいい。

 今回の特徴は、II もさることながら、初代のキープ テイクもおまけに入ってること。まぁ、俺は音源マニアではないのでそれをありがたがるタチではないが、その捜索熱意には敬意を払う。
 そういうのも含めて 50 分ないんだけど、こんなもんだったっけ。「総劇伴集」は永久保存版なので何年も封を開けてない。

 熱意といえば、スタッフ リストも。普通、番組の資料になるムックでも脚本と監督を載せるのがせいぜいなんだが、これには助監督・撮影・照明・記録も誰が何話を担当したか書いてある。まぁ、DVD を見ればわかることだとは言え、丁寧である。
 丁寧といえば、主題歌レコードの型番まで書いてある。
 このシリーズ、マジすごい。


「スケバン刑事」サントラ [スケバン刑事]

 去年の、「『スケバン刑事』みたいな映画」の奴ではない。
 1985 年の斉藤由貴版。
 発売元は、ビースマイル

 音源は網羅されているようだがビジュアル皆無というのは、昔 vap がやっていたシリーズを思い出させる。
 正直言って、「総劇伴集」のスペア程度に考えていたのだが、中のリーフレットがすごい。
 全 16p の内、番組と音楽解説に 2p ちょっと、全曲解説に 5p と気合が入っている。
 しかも、この曲は未使用、この曲は一度だけ、これは II で使われることが多い、などなど、恐ろしく細かい内容。これを読むだけでも十分という気すらする。

 11 月にはその「少女鉄仮面伝説」のサントラも発売される。俺は、新田一郎がノッてくるのはこの辺りからだと思っている。ベストは映画あたり。首を長くして待つ。


続『スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ』感 [スケバン刑事]

 一週間、うるがして おいた (秋田弁で、「水につけておく」「変化を期待して放置する」という意味) 末、結局、「あれは『スケバン刑事』ではない」という、いささか凡庸な結論に達した。いや、「『スケバン刑事』にするべきではなかった」とでも言うべきか。

 スケバン刑事のシンボルである、ヨーヨーとセーラー服がないがしろにされている。
 ヨーヨーは、まったく無くていい代物だった。暗闇警視が、スケバン刑事の身分を示す唯一のものだ、と言っているのに名乗りで掲げてないし、ヨーヨーが使いにくいステージだし、戦闘が始まってすぐに鎖を切られるし、最後にはそれを投げずに握って殴っていた (ように見えたが)。
 俺の小説ではよく握ったまま殴らせているが、決め手に使ったことはない。ヨーヨーなんだから、飛ばすとか巻き取るとかで決めなきゃだめだろう。
 セーラー服も、現代と合わないなら合わないでいい。あややに「これ着るのか」と呆れさせてエクスキューズなんぞ用意しなくていいし、無理やりなアレンジの戦闘服も必要ない。
 扱いにくいアイテムだったらオミットすればいいのである。
 セーラー服が戦闘服、というのはテレビシリーズで固められたものであり、「スケバン刑事」の必須項目ではないと解釈すれば、問題はヨーヨーだ。子供が持っているもの、持っていて咎められないもの、パンフにあったように、補給の必要が無いもの、と歴とした理由がある。
 それが活かせないのであれば、これを「スケバン刑事」にする必要は無い。

 サキの行動原理が不明。
 ヨーヨーを受け取ってから、死刑宣告の迫った母親に関する言及はほとんどなくなる。スクリーンに出てくる時計は、事件へのカウントダウンのみで、サキが時計をチラチラと気にしたりすることはない。
 であれば、その事件を解決しようとして彼女が動く理由が必要だと思うのだが、それが友情なのか正義感なのかが全くと言っていいほど描かれない。
 敵も、緻密で嫌らしい犯行を繰り返してきたと思ったら、しまいには銀行強盗で大いにがっかりさせてくれる。K機関も、鳴り物入りの戦闘服は簡単に切られてしまって、役立たずの風情。

 おそらく「『スケバン刑事』をやろう」というのが発端だったんだろうが、題材をスタッフもキャストも消化できなかった。映画の「花のあすか組!」のような大胆なアレンジをする度胸も無かったし、オリジナルに徹することもできなかった。外装を今風にしようとして、土台の構築を怠った。そんな感じである。

 主題歌について「マッチしている」って感想を読んで、「えぇっ?!」って声を上げてしまった。俺は、エンディングであの曲が流れてきたとき、「またこんなのかよ」とうんざりしたのである。「楽園の Door」や“Believe Again”のような「品」が欠片もなかった。
 やっぱり、そういう奴が見るべき映画ではない、ってことなのかもしれない。


スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ [スケバン刑事]

刑事マガジン+1」で長門裕之氏が語っていた通り。
 ハロプロのプロモーション ビデオ
 スタッフやキャストの誰かのファンだ、というのでなかったら見てもしょうがないかもしれん。
 テレビ シリーズのファンはむしろ見てもいいかもしれない。自分がなぜあのシリーズが好きだったのかを再確認する機会。

 家に帰ってパンフを開いた。映画では語られなかった何かがあって、それによって俺の理解がひっくり返るかもしれない、という期待をしながら(それ自体は俺はプラス評価しないが)。
 窪塚俊介氏の役は「キムラジロウ」。なんとまぁ色のない名前、と思っていたが、「騎村時郎」と書くらしい。
 だったらイントネーションは、
    ムラジロ
   キ    ウ
 ではなく
   キ  ジ
    ムラ ロウ
 じゃねぇか?

 まぁ初日でネタバラシもあれだからレビューは後日…。


「スケバン刑事」予告を見た [スケバン刑事]

 うーん、あの甘ったるい声も苦手だ。

 短いスカートもなぁ。
 なぜ長くてはいかんかったのか。
 確かに「今時ありえねぇ」かもしれないが、あの長いスカートは、あぶれ者の象徴だろう。つまり、敢えてとっている「ありえねぇ」ファッションなわけだ。
 まさか、下から出すというギミックのためでもないんだろうし。

 なかなか俺をそそる要素が出てこない。
 このままだと、俺は暗闇指令を見に行くことになるかもしれないな。


ヤキいれんぞ [スケバン刑事]

 今度の麻宮サキはこんなことを言うらしい。

 先代三人は「てめぇら許さねぇ」と、そのバリエーションだった。
 この二つは明らかに違う。
「許さねぇ」には、お前らは人として間違ったことをしている、という憤りがあるが、「ヤキ入れるぞ」は単なる脅し、個人的発言である。
 麻宮サキは、正義をなす人ではなくなったのだろうか。

スケバン刑事』の文庫版に本人が書いて(描いて)いたのだが、和田慎二は III が嫌いらしい。自分のために戦うなんて麻宮サキじゃない、ということらしいのだが、今度の「ヤキ入れるぞ」はどうだ?
 尤も、3人とも「母さん!」「母上! 父上!」「姉ちゃん!」と、肉親がらみの軸があったわけで、自分のためって側面は否定できない筈だ。

 どんどん冷めてくな、今度の映画については。行くつもりではあるけどさ。


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